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 「ルルドの泉 聖母マリアの出現」

クレタ 中村道生神父

 今年も教会は、2月11日に、「ルルドの聖母の記念日」を祝いました。1858年のこの日、14歳の少女ベルナデッタが、フランスの郊外、ルルドの洞窟のそばで薪拾いをしているとき、初めて聖母マリアが出現された日で、聖ヨハネ・パウロ二世によって1993年から特に「世界病者の日」として記念するようになりました。(Wikipedia参照)

 

ちなみにルルドには、毎年600万人もの巡礼者が訪れると言われていますが、私も大阪生野教会にいた時、麻薬の後遺症に悩んでいた、もとヤクザの青年が訪ねてきて、ルルドに連れて行ってほしいとしつこく頼まれ、折よく知り合いの信者のグループの方たちから、「ルルド巡礼」の同伴司祭の依頼があり一緒に行くことになりました。私も彼もルルドの泉につかり、彼はルルドの水をバケツ2杯も持って戻ってきました。そのせいか、彼は生野の教理グループに参加し、1年後に洗礼を受けました。

 

2025年「第33回世界病者の日」教皇メッセージのはじめの導入部を引用しますと、

『わたしたちは2025年の聖年に第33回「世界病者の日」を祝います。この聖年に教会はわたしたちに「希望の巡礼者」となるよう促しています。この旅路には、神のことばが聖パウロを通して伴ってくださいます。大きな励ましとなるメッセージを与えてくださっているのです。「希望はわたしたちを欺くことがありません」(ローマ5・5)。まさに、希望は試練のときにわたしたちを強めてくれます。』

 

私は今年84才になり、二つの不安を抱えています。一つは、認知症要介護1の認定を受けていて、ミサと説教が、いつまでちゃんとできるか不安です。少なくとも、A41枚に原稿を書こうと考えていますが、なかなか怠け癖があってまだ書けていません。もう一つは後期高齢者として、良き死を迎える準備をしなければならないのですが、出来ていません。

 

旭川地区の教会では、先日「病者の塗油」をしました。司祭の私は受けることができませんでしたが、先日、ヒラリオ神父さんに授けていただきました。毎日、ミサを捧げご聖体を受けていますが、問題は秘跡の真の意味をちゃんと生きているか、キリストの命にあずかって、キリストによって、キリストとともに生きるように努めているか最近反省しています。

 

一人で教会の祈りを唱える時、典礼聖歌の390番をよく歌うようにしています。

     『キリストのように考え』

  キリストのように考え  キリストのように話し  キリストのように行ない

  キリストのように愛そう

  もはやこの身に生きることなく  キリストによって生きるために 

  キリストのように考え  キリストのように話し  キリストのように行ない

  キリストのように愛そう

  キリストの死をこの身に受け  新たないのちに召されたなら

  キリストのように考え  キリストのように話し  キリストのように行ない

  キリストのように愛そう  力の限り

​2026年9月巻頭言「すべてのいのちを守るための月間」

 今年の夏、久しぶりに登山をする時間を得ることができました。最北の島である利尻島で利尻山に登りました。天候にも恵まれ素晴らしい天気の中、北海道で唯一と言っていいヒグマの心配をしなくてもいい登山は、心も体も浄化してくれるような良い祈りの時間でした。さすがに最北に位置する山らしく、他の山では6月頃に見られる高山植物が、今最盛期を迎えるように咲き誇り、厳しい自然の中にこそ生きる場所を見いだした、小さくも美しい姿に神様の創造の妙を感じずにはいられません。

 美しい自然の感動もありながら、その反面に容赦ない自然災害もまたわたしたちは直面しています。熊本の地震災害、千葉県や石川県での豪雨災害。片や地震と渇水に苦しみ、片や雨が降りすぎて流され生活の場を追われる。災害は今やどこでいつ起こってもおかしくない様相を示しています。北海道においても、火山活動が活発になり有珠山や十勝岳はいつ噴火してもおかしくない状況であるし、冬になれば今までは降っていなかった地域に大雪が降って都市機能が混乱することも。この自然環境の変化に、わたしたちはいったい何ができるのでしょうか。自然の驚異の前には、ただ指をくわえて見つめるだけしかない気もしますが、特に温暖化という現象の責任は人間の活動にこそあるということを知るならば、決して何もできないことはないのかも知れません。

 教皇フランシスコか日本を訪れた際に掲げられたテーマ「すべてのいのちを守るため」を受け、日本の司教団は、教皇回勅「ラウダート・シ」も踏まえて、毎年9月1日~10月4日(アシジのフランシスコ記念日)までを、「すべてのいのちを守るための月間」を正式に定めました。地球温暖化や生物多様性の危機といった環境問題に向き合い、戦争を初め、人類のみならずすべての生命とのつながりを大切にして具体的な行動様式の変化などを促す期間としました。

それらへの取り組みは、

①被造物を大切にするためのミサを執り行う。

②生活様式を振り返る、エコロジカルな回心。

③AIを含めた、これからの環境に関するエコロジカルな教育。

④貧しい人々と大地の叫びへ耳を傾ける、です。           リシリブシ/利尻岳2026年8月3日撮影

もちろん、環境問題はこの期間だけ考えればいいものではないことは当たり前のことですが、それでも特にこの期間だけは心を向けて祈り、また行動することが大切なのだと、教皇様も司教団も考えているということです。ですから、それぞれの個人としてあるいは教会共同体として何ができるのかを考え行く月とできればいいのかも知れません。きっとわたしたちの日常や周りにも、多くの課題と取り組みを見つけることができます。子どもたちと自然の中で遊びながら、その土地固有の植物の不思議さを話したり、外来種の脅威を伝えたり。水や燃料を無駄少しでも無駄にしないようにすることだったり、何よりも、今の自然環境を神様が造ったことに感謝し、祈ることを伝えていくことが大切なのであろうと思います。戦争を含め人間の愚かさは自らを滅ぼしていくのかも知れませんが、また逆に神様の造られたこの世界を、元通りの調和の世界に導いていくことができるのも人間にしかできないことです。それを神様から任されていることを知り、取り組んでいくことが、人類皆で担うべき「十字架」なのであろうと思います。

             

 

 

                                            

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