
今、幸せですか?
あなたの幸せとはなんですか?
最近喜びを感じたことがありますか?
心の自由がありますか?「囚われ」がありますか?
自分で自分をゆるすことができますか?
怒りや恐れがありますか?隣人をゆるせますか?
幸せになる事は、神の望みです。
幸せになるために「命」をいただきました。
一番大切なものは「命」です。
「命」は生きるものなので、「生命」と書くのだと考えています。
肉体のことではありません。
身体は丈夫でも、元気がないこともあります。
内面的なもの、心が生き生きできてこそ生命です。
その時人間は「幸せ」を感じます。内面的なものが、元気が良い時に、喜びを感じます。
「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形作り、その鼻に命の息を吹き入れられた。
人はこうして生きる者となった。」(創世記2:7)
人間としての制約や限界もあります。
年をとることや病のあることは、私たちが永遠の存在でないことを感じさせます。
健康は大切な賜物ですが、身体は丈夫でも、元気がないこともあります。
心が生き生きできてこそ「幸せ」を感じます。
病気でも、貧しくても、幸せな人もいます。
幸せは、心が決めます。心が幸福感を味わいます。
心が実感できることが重要です。
幸せは人によります。
心が傷ついていると喜べません。
怒りや恐れ、罪があっても喜べません。
見たり聞いたり、考えたり、笑って泣いて、そういう人間の本質が「心」です。
心が揺れ動くことから「囚われ」に<気づき>ます。
執着を捨て、囚われから「離脱」します。
不偏心で関わります。
秘訣は「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなた方に望んでおられることです。」(1テサ5:16-18)です。
聖書の言葉
ヨハネ15:11-17 私の喜びがあなたの内にあり・・・喜びが満たされるやめ・・・
ローマ12:12-21 希望をもって喜び、苦難を耐え忍びたゆまず祈りなさい。
Ⅰペトロ4:12-16 「キリストの名のために非難されるなら、幸いです」
「心の動きに気がつけば気がつくほど、祈りはパーソナルになる」(ラティシメント)
2026年9月巻頭言「すべてのいのちを守るための月間」
今年の夏、久しぶりに登山をする時間を得ることができました。最北の島である利尻島で利尻山に登りました。天候にも恵まれ素晴らしい天気の中、北海道で唯一と言っていいヒグマの心配をしなくてもいい登山は、心も体も浄化してくれるような良い祈りの時間でした。さすがに最北に位置する山らしく、他の山では6月頃に見られる高山植物が、今最盛期を迎えるように咲き誇り、厳しい自然の中にこそ生きる場所を見いだした、小さくも美しい姿に神様の創造の妙を感じずにはいられません。
美しい自然の感動もありながら、その反面に容赦ない自然災害もまたわたしたちは直面しています。熊本の地震災害、千葉県や石川県での豪雨災害。片や地震と渇水に苦しみ、片や雨が降りすぎて流され生活の場を追われる。災害は今やどこでいつ起こってもおかしくない様相を示しています。北海道においても、火山活動が活発になり有珠山や十勝岳はいつ噴火してもおかしくない状況であるし、冬になれば今までは降っていなかった地域に大雪が降って都市機能が混乱することも。この自然環境の変化に、わたしたちはいったい何ができるのでしょうか。自然の驚異の前には、ただ指をくわえて見つめるだけしかない気もしますが、特に温暖化という現象の責任は人間の活動にこそあるということを知るならば、決して何もできないことはないのかも知れません。
教皇フランシスコか日本を訪れた際に掲げられたテーマ「すべてのいのちを守るため」を受け、日本の司教団は、教皇回勅「ラウダート・シ」も踏まえて、毎年9月1日~10月4日(アシジのフランシスコ記念日)までを、「すべてのいのちを守るための月間」を正式に定めました。地球温暖化や生物多様性の危機といった環境問題に向き合い、戦争を初め、人類のみならずすべての生命とのつながりを大切にして具体的な行動様式の変化などを促す期間としました。
それらへの取り組みは、
①被造物を大切にするためのミサを執り行う。
②生活様式を振り返る、エコロジカルな回心。
③AIを含めた、これからの環境に関するエコロジカルな教育。
④貧しい人々と大地の叫びへ耳を傾ける、です。 リシリブシ/利尻岳2026年8月3日撮影
もちろん、環境問題はこの期間だけ考えればいいものではないことは当たり前のことですが、それでも特にこの期間だけは心を向けて祈り、また行動することが大切なのだと、教皇様も司教団も考えているということです。ですから、それぞれの個人としてあるいは教会共同体として何ができるのかを考え行く月とできればいいのかも知れません。きっとわたしたちの日常や周りにも、多くの課題と取り組みを見つけることができます。子どもたちと自然の中で遊びながら、その土地固有の植物の不思議さを話したり、外来種の脅威を伝えたり。水や燃料を無駄少しでも無駄にしないようにすることだったり、何よりも、今の自然環境を神様が造ったことに感謝し、祈ることを伝えていくことが大切なのであろうと思います。戦争を含め人間の愚かさは自らを滅ぼしていくのかも知れませんが、また逆に神様の造られたこの世界を、元通りの調和の世界に導いていくことができるのも人間にしかできないことです。それを神様から任されていることを知り、取り組んでいくことが、人類皆で担うべき「十字架」なのであろうと思います。
