


沿 革
1904(明治37)年、現在の旭川5条教会の前身である旭川教会が開設されました。5条通11丁目の土地を購入
して、宮下通11丁目に家を借りて仮聖堂とともに建設が準備されました。
1907(明治40)年に、北海道渡島以北の宣教はフランシスコ会に委託され、宣教が開始され、
1911(明治44)年、北海道の宣教はフランシスコ会ドイツフルダ管区に委託されました。
1909(明治42)年、信徒の増加により旭川教会は小聖堂を建築しました。
1947(昭和22)年の札幌教区の司牧地区割によって、札幌北11条教会と旭川地区がフランシスコ会フルダ管区
の担当となりました。
1950(昭和25)には、旭川5条教会付属の旭幼稚園が開園されました。 1952(昭和27)年、札幌司教区となり
初代司教に富沢孝彦師が就任し、
1954(昭和29)年旭川5条教会は開設50周年を迎え、8月には記念式と祝賀会が盛大に行われました。
1967(昭和42)年、司祭館が新築され、翌年にはカトリックセンター黙想の家が完成しました。
1977(昭和52)年に、フランシスコ会日本管区が設立されました。
1979(昭和54)年、75周年記念ミサと記念誌が発行されました。
1999(平成11)年、司祭の移動により、末広教会(2005年6月 閉堂)は司祭不在となり、旭川市内にある教会
の司祭が交代でミサを司式することとなり、市内各教会は月に1回は集会祭儀となりました。
また、この年12月24日にキリスト降臨の大聖年がはじまり、旭川5条教会も巡礼指定教会となりました。
2003(平成15)年3月、旭幼稚園は、第53回の卒園式の後、園児の減少によって閉園しました。
2004(平成16)年10月、新聖堂が完成し、11月28日には新聖堂の開堂ミサが行われ、翌年4月29日に、新聖堂
の献堂式と祝賀会が行われました。
現在、旭川市内の教会では、共同宣教司牧が行われており、神居修道院から司祭が来て日曜(主日)のミサが行われ、旭川5条教会に司祭は在住されていません。
2026年9月巻頭言「すべてのいのちを守るための月間」
今年の夏、久しぶりに登山をする時間を得ることができました。最北の島である利尻島で利尻山に登りました。天候にも恵まれ素晴らしい天気の中、北海道で唯一と言っていいヒグマの心配をしなくてもいい登山は、心も体も浄化してくれるような良い祈りの時間でした。さすがに最北に位置する山らしく、他の山では6月頃に見られる高山植物が、今最盛期を迎えるように咲き誇り、厳しい自然の中にこそ生きる場所を見いだした、小さくも美しい姿に神様の創造の妙を感じずにはいられません。
美しい自然の感動もありながら、その反面に容赦ない自然災害もまたわたしたちは直面しています。熊本の地震災害、千葉県や石川県での豪雨災害。片や地震と渇水に苦しみ、片や雨が降りすぎて流され生活の場を追われる。災害は今やどこでいつ起こってもおかしくない様相を示しています。北海道においても、火山活動が活発になり有珠山や十勝岳はいつ噴火してもおかしくない状況であるし、冬になれば今までは降っていなかった地域に大雪が降って都市機能が混乱することも。この自然環境の変化に、わたしたちはいったい何ができるのでしょうか。自然の驚異の前には、ただ指をくわえて見つめるだけしかない気もしますが、特に温暖化という現象の責任は人間の活動にこそあるということを知るならば、決して何もできないことはないのかも知れません。
教皇フランシスコか日本を訪れた際に掲げられたテーマ「すべてのいのちを守るため」を受け、日本の司教団は、教皇回勅「ラウダート・シ」も踏まえて、毎年9月1日~10月4日(アシジのフランシスコ記念日)までを、「すべてのいのちを守るための月間」を正式に定めました。地球温暖化や生物多様性の危機といった環境問題に向き合い、戦争を初め、人類のみならずすべての生命とのつながりを大切にして具体的な行動様式の変化などを促す期間としました。
それらへの取り組みは、
①被造物を大切にするためのミサを執り行う。
②生活様式を振り返る、エコロジカルな回心。
③AIを含めた、これからの環境に関するエコロジカルな教育。
④貧しい人々と大地の叫びへ耳を傾ける、です。 リシリブシ/利尻岳2026年8月3日撮影
もちろん、環境問題はこの期間だけ考えればいいものではないことは当たり前のことですが、それでも特にこの期間だけは心を向けて祈り、また行動することが大切なのだと、教皇様も司教団も考えているということです。ですから、それぞれの個人としてあるいは教会共同体として何ができるのかを考え行く月とできればいいのかも知れません。きっとわたしたちの日常や周りにも、多くの課題と取り組みを見つけることができます。子どもたちと自然の中で遊びながら、その土地固有の植物の不思議さを話したり、外来種の脅威を伝えたり。水や燃料を無駄少しでも無駄にしないようにすることだったり、何よりも、今の自然環境を神様が造ったことに感謝し、祈ることを伝えていくことが大切なのであろうと思います。戦争を含め人間の愚かさは自らを滅ぼしていくのかも知れませんが、また逆に神様の造られたこの世界を、元通りの調和の世界に導いていくことができるのも人間にしかできないことです。それを神様から任されていることを知り、取り組んでいくことが、人類皆で担うべき「十字架」なのであろうと思います。
