
聖霊降臨の主日
2024/5/19 山本孝神父
ヨハネ15.26-27、16.12-15(真理の霊はあなたがたを導いて真理を悟らせる)
今日は聖霊降臨の祝日で、教会の誕生を祝う日です。第一朗読の使徒たちの宣教では、五旬祭の日がきて、その日に弟子たちがエルサレムの一つの家に集まっていた時に、約束された聖霊が与えられた。と書かれています。五旬祭は過越祭の50日目に祝われた大きな祭りでした。
わたしはイエスのご復活から50日目に教会が息を吹き返し、力強く宣教を始めたことは、仏教での49日と似ていると思いました。仏教では命日から49日過ぎて法要が行われ、喪が明けるようです。
教会は喪に服していたわけではないけど復活のイエスと何度も出会い40日目にはイエスは弟子たちに使命を与え、聖霊を遣わす約束をして、天に上られました。聖霊降臨は教会活動の始まりといわれ特別に祝われます。
聖霊によって使徒たちがキリストの教えをよく悟り、力強く述べ伝え、多くの人々をキリストの信仰に導いたように、教会はその歴史の中でこれまで、そして現在も聖霊が働かれていることを宣言し、その意義を唱え、そして聖霊による働きを求めています。
聖霊は乙女マリアへのお告げ(ルカ1.35)の時とイエスの洗礼(マルコ1.10)の時のように、キリストが栄光を受ける以前に、すでにこの世に働きかけていました。その聖霊が教会を発展させ弟子たちとともに永遠にとどまるために、弟子たちのうえに下ってくれました。わたしの手元にある祈りの本には聖霊降臨の日に歌われる讃歌Veni Creator(ヴェニ・クレアトル)が載っていました。この讃歌は聖霊がどんな方であるかをはっきり示しています。
(1) 造り主の聖霊、来てください。わたしたちの心を訪れ、あなたに造られたこの心を.天の恵みで満たしてください。
(2) なぐさめ主、いと高き神の賜物。生きる泉、燃える火。愛と呼ばれるあなたは、わたしたちに霊の油を注いでください。
(3) 七つの賜物の与え主、御父の右腕として約束されたあなたは、わたしたちの内に語ってください。
(4) わたしたちの五感を照らし、心に愛を注ぎ、弱いこの体を、いつも強めてください。
(5) 敵を遠ざけ、平和をお与えください。わたしたちを導き、すべての悪を遠ざけてください。
(6) わたしたちがあなたによって、御父とみ子を知り、父と子から発せられる愛の息吹きを信じる恵みを与えてください。
(7) 父である神、よみがえられたみ子、なぐさめ主の聖霊にとこしえの栄光、アーメン。
少し長くなってしまいましたが、聖霊は今のわたしたちにとって電気のようなお方です。わたしたちは停電になると生活できません。キリスト信者として聖霊をしっかりお願いして生活していきましょう。毎日、朝目が覚めたら、今日はどんな用事があるか、どこに行くかの二つを考えてください。教養(今日の用事)と教育(今日どこに行くか)を忘れると、ぼんやりした人間になってしまい、聖霊もどこかに逃げていってしまいますよ。
2026年9月巻頭言「すべてのいのちを守るための月間」
今年の夏、久しぶりに登山をする時間を得ることができました。最北の島である利尻島で利尻山に登りました。天候にも恵まれ素晴らしい天気の中、北海道で唯一と言っていいヒグマの心配をしなくてもいい登山は、心も体も浄化してくれるような良い祈りの時間でした。さすがに最北に位置する山らしく、他の山では6月頃に見られる高山植物が、今最盛期を迎えるように咲き誇り、厳しい自然の中にこそ生きる場所を見いだした、小さくも美しい姿に神様の創造の妙を感じずにはいられません。
美しい自然の感動もありながら、その反面に容赦ない自然災害もまたわたしたちは直面しています。熊本の地震災害、千葉県や石川県での豪雨災害。片や地震と渇水に苦しみ、片や雨が降りすぎて流され生活の場を追われる。災害は今やどこでいつ起こってもおかしくない様相を示しています。北海道においても、火山活動が活発になり有珠山や十勝岳はいつ噴火してもおかしくない状況であるし、冬になれば今までは降っていなかった地域に大雪が降って都市機能が混乱することも。この自然環境の変化に、わたしたちはいったい何ができるのでしょうか。自然の驚異の前には、ただ指をくわえて見つめるだけしかない気もしますが、特に温暖化という現象の責任は人間の活動にこそあるということを知るならば、決して何もできないことはないのかも知れません。
教皇フランシスコか日本を訪れた際に掲げられたテーマ「すべてのいのちを守るため」を受け、日本の司教団は、教皇回勅「ラウダート・シ」も踏まえて、毎年9月1日~10月4日(アシジのフランシスコ記念日)までを、「すべてのいのちを守るための月間」を正式に定めました。地球温暖化や生物多様性の危機といった環境問題に向き合い、戦争を初め、人類のみならずすべての生命とのつながりを大切にして具体的な行動様式の変化などを促す期間としました。
それらへの取り組みは、
①被造物を大切にするためのミサを執り行う。
②生活様式を振り返る、エコロジカルな回心。
③AIを含めた、これからの環境に関するエコロジカルな教育。
④貧しい人々と大地の叫びへ耳を傾ける、です。 リシリブシ/利尻岳2026年8月3日撮影
もちろん、環境問題はこの期間だけ考えればいいものではないことは当たり前のことですが、それでも特にこの期間だけは心を向けて祈り、また行動することが大切なのだと、教皇様も司教団も考えているということです。ですから、それぞれの個人としてあるいは教会共同体として何ができるのかを考え行く月とできればいいのかも知れません。きっとわたしたちの日常や周りにも、多くの課題と取り組みを見つけることができます。子どもたちと自然の中で遊びながら、その土地固有の植物の不思議さを話したり、外来種の脅威を伝えたり。水や燃料を無駄少しでも無駄にしないようにすることだったり、何よりも、今の自然環境を神様が造ったことに感謝し、祈ることを伝えていくことが大切なのであろうと思います。戦争を含め人間の愚かさは自らを滅ぼしていくのかも知れませんが、また逆に神様の造られたこの世界を、元通りの調和の世界に導いていくことができるのも人間にしかできないことです。それを神様から任されていることを知り、取り組んでいくことが、人類皆で担うべき「十字架」なのであろうと思います。
