「主の洗礼」

 初代教会の人は、主イエスの洗礼の中に、キリスト者の原型をみていました。さらに主の受洗によって、「神の霊がくだり」、主が神のメッセージを伝える預言者として立てられたという重大な出来事をもみていました。

主の洗礼は、イエスが福音宣教という使命を果たしていくための準備でもありました。そのため、福音記者はいずれも主の洗礼を伝えています。主イエスの洗礼は、終末的な出来事として描写されていましす。

教皇ヨハネ・パウロ2世がロザリオに新しい「光の神秘(玄義)」を付け加えられた時に、第1の黙想に「イエス、ヨルダン川で洗礼を受ける」とされました。

この一連を黙想しながら、洗礼の恵みを神に感謝し、聖霊に導かれて、神の子として生きることができるよう聖母の取り次ぎを願うようにすすめられました。

私たちも一つの節目として、主の洗礼というこの節目にとどまって、自らもイエスの使命にあずかる決意を新たにする日としてはいかがでしょうか。

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