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 山本孝神父

マルコ9.38-43、47-48

(わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである)

今日の福音は先週の箇所の続きです。イエスの二度目の受難の予告の後に、弟子たちは誰が偉いかと議論していたので、イエスは「上に立つ者は支える者になりなさい」と言われました。ところが今週の箇所は、そのあとで狭い仲間意識で自分たちの知らない人たちを追い出そうとしていたので、イエスから「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである」という言葉をもらいます。イエスは権力者たちから排斥されて、殺されるかもしれないという時に、自分たちに理解を示してくれる人がいるなら、わたしたちの味方なのであると考えていたのです。福音の前半は、弟子たちが良いことをしている人を受け入れる大きな心を持たなければならないこと、また後半は、自分たちの中にある、人をつまずかせる物を取り除きなさい、と教えています。

 

日本の政局は先日、自民党の総裁選があり。新しいリーダーが決まりました。野党の立憲民主党でも新しいリーダーが決まりました。これからどうなっていくか見守っていきましょう。保守にしろ野党のリーダーにしろ、わたしたちが直接に選べないことに、もどかしさを感じました。イエスは直接政治に対して発言していなくても、当時の社会で当たり前に思われてきたことに、新しい見方を示すことが多かったです。権力者たちの教えや指導に、父なる神はそんな考え方はしていないと、教えたので、反感をかって、殺されることになったのです。イエスはいつも保守的な考えではなく、リベラルというか弱い立場の人の味方をしていました。掟を守れない人、弱い人、困っている人、罪人、の味方でした。わたしは昔から選挙の時には、弱い方の味方で、いつも保守系の強い候補ではなく、弱く負けそうな候補に投票してきました。わたしは以前、韓流ドラマのイ・サンという番組を観ていてこのドラマに出ていたハン・ジミンという女優さんの名前が気に入っていました。名前が気に入ったというのは、わたしはいつも反自民だったからです。長い間政権を担当して、たくさんの裏金議員がいて、政治不信を招いた人たちが、自分たちでリーダーを選びました。これから大丈夫なんですかと思いたくなります。でも、こんな心配をするよりは、日本の政治家のために祈りましょう。イエスは小さなものの一人をつまずかせるなら、その人は海に投げ込まれる方がましだと厳しく言ってます。これは自分の教会のことに関してのことばだと思いますが、厳しいことばです。社会はいつも弱い人のことを考えません。これは自分が不自由な身体になるまで分からなかったことです。速さや効率ではなく、弱っている人、苦労している人、疲れた人が大切にされる世の中になっていくといいですね*(5)

​2026年9月巻頭言「すべてのいのちを守るための月間」

 今年の夏、久しぶりに登山をする時間を得ることができました。最北の島である利尻島で利尻山に登りました。天候にも恵まれ素晴らしい天気の中、北海道で唯一と言っていいヒグマの心配をしなくてもいい登山は、心も体も浄化してくれるような良い祈りの時間でした。さすがに最北に位置する山らしく、他の山では6月頃に見られる高山植物が、今最盛期を迎えるように咲き誇り、厳しい自然の中にこそ生きる場所を見いだした、小さくも美しい姿に神様の創造の妙を感じずにはいられません。

 美しい自然の感動もありながら、その反面に容赦ない自然災害もまたわたしたちは直面しています。熊本の地震災害、千葉県や石川県での豪雨災害。片や地震と渇水に苦しみ、片や雨が降りすぎて流され生活の場を追われる。災害は今やどこでいつ起こってもおかしくない様相を示しています。北海道においても、火山活動が活発になり有珠山や十勝岳はいつ噴火してもおかしくない状況であるし、冬になれば今までは降っていなかった地域に大雪が降って都市機能が混乱することも。この自然環境の変化に、わたしたちはいったい何ができるのでしょうか。自然の驚異の前には、ただ指をくわえて見つめるだけしかない気もしますが、特に温暖化という現象の責任は人間の活動にこそあるということを知るならば、決して何もできないことはないのかも知れません。

 教皇フランシスコか日本を訪れた際に掲げられたテーマ「すべてのいのちを守るため」を受け、日本の司教団は、教皇回勅「ラウダート・シ」も踏まえて、毎年9月1日~10月4日(アシジのフランシスコ記念日)までを、「すべてのいのちを守るための月間」を正式に定めました。地球温暖化や生物多様性の危機といった環境問題に向き合い、戦争を初め、人類のみならずすべての生命とのつながりを大切にして具体的な行動様式の変化などを促す期間としました。

それらへの取り組みは、

①被造物を大切にするためのミサを執り行う。

②生活様式を振り返る、エコロジカルな回心。

③AIを含めた、これからの環境に関するエコロジカルな教育。

④貧しい人々と大地の叫びへ耳を傾ける、です。           リシリブシ/利尻岳2026年8月3日撮影

もちろん、環境問題はこの期間だけ考えればいいものではないことは当たり前のことですが、それでも特にこの期間だけは心を向けて祈り、また行動することが大切なのだと、教皇様も司教団も考えているということです。ですから、それぞれの個人としてあるいは教会共同体として何ができるのかを考え行く月とできればいいのかも知れません。きっとわたしたちの日常や周りにも、多くの課題と取り組みを見つけることができます。子どもたちと自然の中で遊びながら、その土地固有の植物の不思議さを話したり、外来種の脅威を伝えたり。水や燃料を無駄少しでも無駄にしないようにすることだったり、何よりも、今の自然環境を神様が造ったことに感謝し、祈ることを伝えていくことが大切なのであろうと思います。戦争を含め人間の愚かさは自らを滅ぼしていくのかも知れませんが、また逆に神様の造られたこの世界を、元通りの調和の世界に導いていくことができるのも人間にしかできないことです。それを神様から任されていることを知り、取り組んでいくことが、人類皆で担うべき「十字架」なのであろうと思います。

             

 

 

                                            

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