「きょう、救い主キリストが復活された」

​長尾 俊宏神父

みなさん、ご復活祭おめでとうございます。

今日、教会は心からよろこびをもって主の復活を広め、またどの聖堂でも心をあわせて祝っています。この復活の事実こそ、私たちの信仰、生活の光となっています。私たちの四旬節の祈り犠牲の内に『今は恵みの時、今は救いの日である』日々を聖パウロが「私たちが、キリストに希望をかけたのが、この世のためだけであるなら、私たちは、すべての人の中でももっともあわれな者である」『しかしそうではない。キリストは死者の中から復活した』というように、この教会の生命の中で私たちが倒れたり、立ちあがったりしながら、イエス・キリストの生命の中に生かされて来た日々を、よろこびと感謝のうちに思い出されるのではないでしょうか。

週の初めの日、朝早く……マグダラのマリア、ヨハンナとヤコブの母マリア、あの日、朝もやに包まれながら心は悲しみにとざされ、主イエスの苦しみを痛ましく思い出したり、カルワリオ山への十字架を担って登られた途中の悲しい別れの最後について考えたりして墓に近づいた婦人たち、『主はよみがえられた』今、どんな平安と喜びを感じたことでしょう。復活して、なおかつあなたと一緒にいる。この喜びは「世の中のどこかに喜びがあるとすれば、それは心の清い人の喜びである」(キリストにならいて)といっているように、復活が与える喜びは世の中にある喜びの中で最も純粋なものでしょう。復活の日イエスが使徒たちに息を吹きかけたときのように「私はあなたたちに平安をのこし、私の平安を与える。あなたたちの心は喜び、もうその喜びはあなたたちから奪われることはない。」この喜びは、イエスから洗礼の恵み、その言葉、その食卓を通して今日も私たちのうちにおける主イエスとの出会いのしるしでもあるのです。

復活祭の喜びの中に、また主イエスとの出会いを日々の生活の中で深めながら、この喜びを他の人々と共に分け合う日々であるように共に頑張って行きましょう