「おいのり しんせつ がまん」 

 

 ロマーノ 長尾俊宏 神父

みなさんお元気ですか。暑い日が続いています。健康、体調には充分気をつけて毎日を過ごして行きたいものです。修院の私たちも先日3人はコロナ接種を無事終わりました。これで安心!? みなさんの中にも終わった方、これからの方もいると思いますが、なによりも気をつけ、気をつけられて日々を過ごすということにつきるかと思います。

こんな中で先日旭川学園の事務局からキリスト教の精神に基づいた教育「おいのり しんせつ がまん」各幼稚園の紹介、理事長あいさつ!!ということで原稿をもっていったのですが、これは長すぎる、カット、カットでかなり短くなったようです。すみません。文才もない自分!この原稿部分を使って私たち力トリック教会の日々の生活の大切な部分の「おいのり しんせつ がまん」を分かちあわせて下さい。

私たち修道院とセンターの始まりは1968年7月の「定礎」が始まりになります。「定礎」にはドイツの使徒と呼ばれる聖ボニファチオの墓石が記念として埋めこまれています。(英国に生まれ、680年に宣教師としてドイツの教会に派遣され、学問、芸術などの文化活動に力を注いだと伝われています。752年に殉教し、フルダの司教座聖堂に埋葬されています。) 明治時代にキリスト教の解禁になってから、ドイツのフルダからフランシスコ会の宣教師や修道士さんたちが特別の思いをもって日本に来ました。そして北海道、主に道北の宣教が任され、各地に教会と付属幼稚園を建て地域社会に根を下ろして活動して来ました。さらに旭川を拠点として道北の教会のため、修道院は研修会議の宿泊場所として(以前は札幌の修道院に集まっていた。) センターは、道北の教会のみなさんの黙想会、研修会、青年、中高生の合宿、各教会の合同合宿にも使われていました。もちろん現在も使われています。この旭川修道院、センターの建築にはドイツの方々の祈りと献金をもって可能になったと聞いています。

 

私たちの学園の「おいのり しんせつ がまん」の教育かんばん目標いつごろから定着したのか、よく解りませんが、それは遠く宣教地で働く我が息子、兄弟である司祭、修道者のドイツの親兄弟、友人たちの皆さんが我が子のため、兄弟のため、友のため、まだ見たことも、出会ったこともない、未来の兄弟の私たちのために「おいのり しんせつ がまん」が始まっていたこと、続けられていること、それぞれの地域の中で見える絆として過去のつながり現在のつながり、未来のつながりヘと続く「おいのり しんせつ がまん」をしていてくれている親、兄弟、友への思いが、教会の説教の中で、幼稚園の園児に「おいのり しんせつ がまん」という言葉で生まれてきたように思います。

教会の共同体の中で地域の共同体の中で実行し伝え守っていかなければならない「絆」だと感じます。二千年にわたる教会の長い歴史の中ではあたりまえのように、いつの時代にもどんな場所でも行われていたこと、それは信仰を伝えること、キリストと出会うこと、私たちの道北という小さな地域にも大きな信仰、希望、愛にささえられ、生かされて来た時と場所があったこと、今あることの大きな恵みを伝えていくこと、この「絆」を教会という場所を通してより豊かな実を結ぶことを心から願わずにはいられません。「お祈り 親切 我慢」を通して、神への感謝、家族や隣人への感謝を根付かせていくことをこれからも大事に大切に守っていきたいものです。