6月号巻頭言より

    「長崎プロジェクト」

クレト 中村道生神父

 

 4月14日(水)午後、長崎に着きました。今回の訪問で期待していた事は、「長崎プロジェクト」の兄弟たちに会う事でした。「長崎プロジェクト」について、初めてお聞きになる方も多いかと思いますので、まずこのプロジェクトの設立の経緯と現状を報告します。

長崎の西坂の丘には、すでにイエズス会の兄弟たちが、「日本二十六聖人記念館」を設立し、多くの巡礼者や観光客に素晴らしいメッセージを伝えていますが、フランシスコ会の元総長ホセ・ロドリゲスは2010年9月に、日本で開催されたOFM東アジア会議で、日本二十六聖人の殉教地であり、原爆被災地である長崎を訪問した際、ここにフランシスカンの「平和と和解」の生きたメッセージとなる国際共同体を夢見、日本管区に対し、その設立を主催することを提案しました。

しかし、高齢化と召命の減少に悩む日本管区はなかなかすぐに応じることができませんでしたが、OFM東アジア会議の協力を求めることが提案され、2018年の後半には、日本に住んでいた日本のフランシコ・古里兄弟と韓国のアントニオ・キム兄弟の2人が、新しいミッション「長崎プロジェクト」に正式に任命されました。また、1年間日本語学習を終えた中国の兄弟ベラルド・ヤンとフィリピンの兄弟アルベルト・マルフィルの2人が2020年に参加し、アジアの兄弟たちによる国際共同体「長崎プロジェクト」が出発しました。

「長崎プロジェクト」がある本原教会は、昔キリシタンが隠れて信仰を守った一本木山で、「マリアの山」と呼ばれている小高い丘に、1952年(昭和27)年に立てられ、浦上小教区に属していました。ここにフランシスコ会が、1959(昭和34)年に修道院を設立し、現在も小教区の宣教司牧を担当している兄弟の司祭が二人おられます。

 「長崎プロジェクト」の責任者の古里兄弟から、その一人の司祭が、「浦上四番崩れ」の子孫であり、しかもご自身被爆され、家族の方も何人か亡くされたと聞き非常に驚きました。食事は「長崎プロジェクト」のメンバーと、司牧担当の兄弟みんな揃って楽しくいただきましたが、サラダはベラルド兄弟が「マリアの山」の畑で作ってくれたものでした。アルベルト兄弟は私と背格好が似ていて親近感がわきましたが、フィリピンでは修練長や理事をしておられたとの事でした。

「長崎プロジェクト」は、まだ始まったばかりですが、殉教者たちの足跡を発掘し、巡礼の道を探り、被爆体験者の証の共有、核兵器の廃絶に向けた平和アピール等を企画しているとの事でした。

『これらのことを話したのは、あなた方が私によって平和を得るためである。あなた方は世にあって苦しむ。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝ったのである』(ヨハネ16,33) 5月17日のミサの福音が心にしみました。

 いずれの修道院も「高齢化と召命の減少」に苦労されているようです。小郡のクララ会も、3人の姉妹が近隣の養護施設に移られ、現在は6人だけですが、聖フランシスコの小さき姉妹として「喜びと平和」をもって、毎日のミサと祈りを中心として、日々の厳しい観想生活を生きておられます。そのうちの一人の姉妹は、私の大学の先輩で、私が大名町教会で洗礼を受けたころ、一緒の教会に通っておられました。今回はゆっくりお話しする時間もなく挨拶だけになり残念でした。それでも、復活された主が、「あなた方に平和があるように」と言われたように、「閉ざされた修道院」の真ん中に立ち、復活されたキリストの祝福と恵みが豊かに与えられますようにと祈りました。

 

 4月14日(水)午後、長崎に着きました。今回の訪問で期待していた事は、「長崎プロジェクト」の兄弟たちに会う事でした。「長崎プロジェクト」について、初めてお聞きになる方も多いかと思いますので、まずこのプロジェクトの設立の経緯と現状を報告します。

長崎の西坂の丘には、すでにイエズス会の兄弟たちが、「日本二十六聖人記念館」(Facebook参照(以後F・Bと記載))を設立し、多くの巡礼者や観光客に素晴らしいメッセージを伝えていますが、フランシスコ会の元総長ホセ・ロドリゲスは2010年9月に、日本で開催されたOFM東アジア会議で、日本二十六聖人の殉教地であり、原爆被災地である長崎を訪問した際、ここにフランシスカンの「平和と和解」の生きたメッセージとなる国際共同体を夢見、日本管区に対し、その設立を主催することを提案しました。

しかし、高齢化と召命の減少に悩む日本管区はなかなかすぐに応じることができませんでしたが、OFM東アジア会議の協力を求めることが提案され、2018年の後半には、日本に住んでいた日本のフランシコ・古里兄弟と韓国のアントニオ・キム兄弟の2人が、新しいミッション「長崎プロジェクト」に正式に任命されました。また、1年間日本語学習を終えた中国の兄弟ベラルド・ヤンとフィリピンの兄弟アルベルト・マルフィルの2人が2020年に参加し、アジアの兄弟たちによる国際共同体「長崎プロジェクト」が出発しました。

詳しくは、英語のホームページ“ Nagasaki project! What is it? ”
を、見てください。少しぎこちないですが自動の翻訳もあります。また、F・B「Nagasaki Franciscan」では今の働きを見ることができます。

 「長崎プロジェクト」がある本原教会は、昔キリシタンが隠れて信仰を守った一本木山で、「マリアの山」と呼ばれている小高い丘に、1952年(昭和27)年に立てられ、浦上小教区に属していました。ここにフランシスコ会が、1959(昭和34)年に修道院を設立し、現在も小教区の宣教司牧を担当している兄弟の司祭が二人おられます。

「長崎プロジェクト」の責任者の古里兄弟から、その一人の司祭が、「浦上四番崩れ」の子孫であり、しかもご自身被爆され、家族の方も何人か亡くされたと聞き非常に驚きましたが、サラダはベラルド兄弟が「マリアの山」の畑で作ってくれたものでした。

食事は「長崎プロジェクト」のメンバーと、司牧担当の兄弟みんな揃って楽しくいただき、アルベルト兄弟は私と背格好が似ていて親近感がわきましたが、フィリピンでは修練長や理事をしておられたとの事でした。

「長崎プロジェクト」は、まだ始まったばかりですが、殉教者たちの足跡を発掘し、巡礼の道を探り、被爆体験者の証の共有、核兵器の廃絶に向けた平和アピール等を企画しているとの事でした。

『これらのことを話したのは、あなた方が私によって平和を得るためである。あなた方は世にあって苦しむ。しかし、勇気を出しなさい。私はすでに世に勝ったのである』(ヨハネ16:33) 5月17日のミサの福音が心にしみました。