「人となりについて」

―― personality ――

戸田 三千雄神父

 

 間違い電話がありました。私が違いますと言うと、失礼しました、と言う人と黙って電話を切る人がいます。人様々です。人に備わっている性質や品格のことを「人柄:ひとがら」と教えられました。「人柄」(パーソナリティ:Personality)は生まれながらのものです。Personaryとは、同一性、主体性、帰属意識などとも訳され、人の全体を表します。どんな人かも決まります。生来のものです。

 

人格と性格は違います。「人柄」、「人となり」は生まれた時から持っているその人に備わっている「品格や性質」を指す言葉です。人となりという言葉は、漢文の表現では「偽人」と表記します。これは「人である」という意味を持つ言葉です。その人が、他の誰でもない、その人自身であることを表しています。

人の人生は学歴や身分、職業ではありません。裸で生まれ、裸で旅立ちます。

旧約聖書のヨブ記に「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。

主のみ名はほめたたえられよ」(1:21)があります。旧約聖書の時代から、人間存在は「人となり」を指していると考えます。性格、人格、個性は、魅力でもあります。

 人間関係も、自分が「どんな人」かできまり、学歴や職歴ではなく、その人自身の「人柄」と「アンディティー」です。

 

「人となり」「人格」を穴山孝先生から教えられました。先生は九州大学の教授の方でした。初めに「奧の細道」や「徒然草」を教えられたのですが、生徒の“出来が良すぎて”作文指導に切り替えられました。毎週、物事を観察して気づいたことを文章にして提出することを課題とされました。先生は学生のまずい作文を読んで、書評と添削をしてくださいました。

私の「忘れられない人々」の1人です。

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