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利他の心

                             山本孝神父

 8月は亡くなった人や人生の行く末を考えることが多くなる月です。日本の教会は、広島や長崎の事実を思い起こすのに適した、8月6日から15日までを、日本カトリック平和旬間に定めています。

また、今年の8月6日は主日のミサの代わりに、主の変容のミサが行われます。

この祝日に、わたしたちはイエスの栄光の姿のうちに、わたしたちの体も復活の時に変容されることを期待します。8月15日の聖母被昇天の祭日は、聖母がこの世の生涯を終えて天に上げられたことを記念します。旭川ではお盆に合わせ、この日、午後3時から墓参があります。

わたしは、以前に五条教会にいたので、五条教会で誰かが亡くなると、知っている方の割合が多いです。20年くらい前に、いつも元気で教会に来ていた人たちの多くが、今は向こうで、わたしたちがやって来るのを待っていると思います。死は100%確実なことなので、毎日、神さまの前に出ることを考えて生活すればいいのですが、現実にはなかなかそうはいきません。

いつも自分中心で自分ファーストの生活になっています。

 わたしは6月の日曜日の朝、NHKの毎朝ラジオで、「利他の心」という話を聞きました。

心療内科医の海原純子さんの5~6分の話でしたが、この話はとても心に残りました。利他という言葉はふだんあまり耳にしない言葉です。

最近は都民ファーストとか米国第一主義などの言葉をよく耳にします。利他はこの自分中心の利己と正反対の言葉です。自分が損をしても、ほかの人の利益のために行動します。

重い荷物を持ったお年寄りを助けてあげる。老人に電車やバスのシートを代わってあげるようなことは、利他の行いになります。

この話の中で、幸せの研究をしているカナダの大学教授が、5ドルあげるので、自分のために使ってもいいし、誰か他人のために使ってもいいし、どうぞご自由にという実験をし、一日の終わりの幸福感を調べたら、自分のためにお金を使った人より、誰か他人のためにお金を使った人の方が幸せになることがわかったそうです。これは国と地域を変えた実験でも同じ結果が出ました。

なぜ、人は他人のために何かをすると幸せになれるかというと、一つには相手が喜んでくれて嬉しい。それから、自分の中で何かしたという自己肯定感、自尊心が満たされるからだそうです。

わたしたちはどちらかというといつも利己的に生きています。だからそれが不幸のもとになっていて、利他の心こそが社会を良くし、自分自身の幸せの近道になる。といった話でした。

この放送の後でわたしは、瀬戸内寂聴と稲盛和夫の対談集、「利他」人は人のためにいきる、という本を買いました。

この本もとてもいい本でした。

人は“誰かの幸せのために”生きている。「少欲知足」「慈悲」を忘れた日本人へ。”誰かの為に尽くすこと“が心を高める。などについての対談でした。

二人がキリスト信者だったなら、隣人愛こそが自分も周りもみんなを幸せにする。という対談になったと思います。イエスは「受けるより与える方が幸いである」(使徒20.35)と言っています。

 いつかやって来る人生の最後の日が、喜びの日となれるように、喜んで神さまのもとに旅立てるように、隣人を大切にする心、利他の心を大切にしたいものです。

​2026年9月巻頭言「すべてのいのちを守るための月間」

 今年の夏、久しぶりに登山をする時間を得ることができました。最北の島である利尻島で利尻山に登りました。天候にも恵まれ素晴らしい天気の中、北海道で唯一と言っていいヒグマの心配をしなくてもいい登山は、心も体も浄化してくれるような良い祈りの時間でした。さすがに最北に位置する山らしく、他の山では6月頃に見られる高山植物が、今最盛期を迎えるように咲き誇り、厳しい自然の中にこそ生きる場所を見いだした、小さくも美しい姿に神様の創造の妙を感じずにはいられません。

 美しい自然の感動もありながら、その反面に容赦ない自然災害もまたわたしたちは直面しています。熊本の地震災害、千葉県や石川県での豪雨災害。片や地震と渇水に苦しみ、片や雨が降りすぎて流され生活の場を追われる。災害は今やどこでいつ起こってもおかしくない様相を示しています。北海道においても、火山活動が活発になり有珠山や十勝岳はいつ噴火してもおかしくない状況であるし、冬になれば今までは降っていなかった地域に大雪が降って都市機能が混乱することも。この自然環境の変化に、わたしたちはいったい何ができるのでしょうか。自然の驚異の前には、ただ指をくわえて見つめるだけしかない気もしますが、特に温暖化という現象の責任は人間の活動にこそあるということを知るならば、決して何もできないことはないのかも知れません。

 教皇フランシスコか日本を訪れた際に掲げられたテーマ「すべてのいのちを守るため」を受け、日本の司教団は、教皇回勅「ラウダート・シ」も踏まえて、毎年9月1日~10月4日(アシジのフランシスコ記念日)までを、「すべてのいのちを守るための月間」を正式に定めました。地球温暖化や生物多様性の危機といった環境問題に向き合い、戦争を初め、人類のみならずすべての生命とのつながりを大切にして具体的な行動様式の変化などを促す期間としました。

それらへの取り組みは、

①被造物を大切にするためのミサを執り行う。

②生活様式を振り返る、エコロジカルな回心。

③AIを含めた、これからの環境に関するエコロジカルな教育。

④貧しい人々と大地の叫びへ耳を傾ける、です。           リシリブシ/利尻岳2026年8月3日撮影

もちろん、環境問題はこの期間だけ考えればいいものではないことは当たり前のことですが、それでも特にこの期間だけは心を向けて祈り、また行動することが大切なのだと、教皇様も司教団も考えているということです。ですから、それぞれの個人としてあるいは教会共同体として何ができるのかを考え行く月とできればいいのかも知れません。きっとわたしたちの日常や周りにも、多くの課題と取り組みを見つけることができます。子どもたちと自然の中で遊びながら、その土地固有の植物の不思議さを話したり、外来種の脅威を伝えたり。水や燃料を無駄少しでも無駄にしないようにすることだったり、何よりも、今の自然環境を神様が造ったことに感謝し、祈ることを伝えていくことが大切なのであろうと思います。戦争を含め人間の愚かさは自らを滅ぼしていくのかも知れませんが、また逆に神様の造られたこの世界を、元通りの調和の世界に導いていくことができるのも人間にしかできないことです。それを神様から任されていることを知り、取り組んでいくことが、人類皆で担うべき「十字架」なのであろうと思います。

             

 

 

                                            

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