ルカ16.1-13 主人はこの管理人の抜け目のないやり方をほめた。

 

 今日の福音はルカ福音書にだけ出ている話ですが、何かわかりづらい話です。イエスは不正な管理人の抜け目のないやり方をほめました。そして、この世の子らは光の子らよりも賢く振る舞っていると言います。これは話を聞いていた弟子たちに、この世の人たちはみんな賢く振る舞っているので、あなたたちもボーっとしていないで、この世の富を上手に使いなさいと言っているのです。決して不正なことを推奨している個所ではありません。

昨今、昨年の東京オリンピックに関係する汚職事件が報道されています。昨年のオリンピックそのものが、日本で一番暑い8月に開催されていたのは、アメリカのテレビ局がスポンサーになっていたお金が絡むことだったと聞いています。

イエスはこの世の富は自分のために蓄えるのではなく、友を作るため、人のために用いなさいと言っています。それは天に宝を積む使い方になります。イエスは「あなたが宴会をする時には、貧しい人からだの不自由な人、目の見えない人たちを招きなさい。‥‥その人たちはあなたにお返しができない‥。(ルカ14.12-14)からです。

 

 わたしは先週、この説教を準備し始めて、自分も人のためにこの世の富を使わなければと考え、10月1日がカルメル会の小さき聖テレジアの祝日なのでシスター方に何か美味しいものを贈ろう考えました。シスター方に使うお金は祈りになって返ってくるのでいちばん有効な使い方です。それで、ネットで、高級な葡萄を注文しました。シスター方は人数が多いので、1人にほんの数粒しか当たらないかもしれませんが、思い切って伊達と帯広の二つのカルメル会修道院に頼みました。そうしたら、そのすぐ後で、わたしのところにも同じものを贈ってくれた人がいて、シャインマスカットがびっしり詰まった箱が長野県から届きました。わたしが二つの修道院にたのんだ量と同じくらいの量が入っていました。送ってくれた人はネットで知り合ったさいたまの信者さんで、まだ会ったことの無い方でした。

神さまはすごいことをするなと思いました。不正にまみれた富で友だちを作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。先日、NHK・Eテレ心の時代で、さいたま教区・終身助祭長澤正隆さんの「わたしのガリラヤを生きる」という番組がありました。わたしはこの助祭さんは知らなかったのですがこの方は北海道の美唄市出身でわたしは親や兄弟姉妹を知っていました。

 番組は、40年にわたり、日本に暮らす外国人困窮者のいのちを守る活動を続けてきた長澤正隆さんの生き方を紹介していました。難民申請が認められず心を病んだ人、労働現場で深刻な病や大けがを負った人など、日本の入管行政や産業構造の狭間で存在を軽んじられた人のために奔走してきた。その歩みを支えたのは、「ガリラヤ」という辺境の地で虐げられた人のために生きたイエスの姿。北海道の炭鉱町に生まれ、幼少期から貧しき人々のいのちを見つめてきた半生を聞く内容でした。

困っている人のために、自分の生活を全部差し出して奉仕している姿は、人生の終わりに永遠の住まいに迎え入れてもらえる生き方だと思いました