2016.9月号の巻頭言より

 

 

センス・オブ・ワンダー 畏敬の念

― Sense of wonder ―

                                        ヨブ・戸田三千雄

科学技術の時代の、パソコンとスマホの人間には、神という言葉を口にするのに、ためらいがあるようです。その代わりに「何か偉大なものSomething-great」、「何か神聖なものSomething Devine」と言います。

畏敬の念(Sense of wonder)が人間にあるのは、目に見えないならものに、触れているからと教えられてきました。

 

目には見えなくても、その存在を感じることができるものがいろいろとあります。

最近も、台風や河川の氾濫に接して、自然と呼んでいる力に「怖れ」を感じました。近くの美瑛川、忠別川、石狩川の流れを目の当たりにして、そう思いました。

しかし、もっと大切センスが「畏れ」、「畏敬の念」です。

天と地の造化(ぞう か)の妙に「畏敬の念」を覚えます。これは、センス・オブ・ワンダー(Sense of wonder)です。不思議な感動、不思議な感覚を言い表すための言葉です。神聖な、宗教的な、神々(こうごう)しい「感じ」です。

聖フランシスコは、小鳥に話しかけ、神に感謝するように呼びかけました。存在するものは、神から生まれた仲間、兄弟なのです。「ラウダート・シ」という教皇文書のタイトルは、アシジの聖フランシスコの「造られたものの賛歌」から取られています。「あなたは称えられますように」と、聖人は神を、あなたと呼びかけています。

 

教皇ヨハネ・パウロ二世は、1979年に「環境保護運動に取り組むすべての人の保護の聖人」とされました。現教皇フランシスコは、聖人の祈りの言葉から始まるこの回勅「ラウダート・シ」で、わたしたちの家で起こっていることに目を向けさせています。

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