流れの辺りの

木のように

    山本 孝神父

 最近は教会で聖歌を歌うことが無くなりましたが、先日、ふとこの典礼聖歌を思い出しました。♪ながれのほとりの木のように ♪かみに したがうひとは実をむーすぶー

2番の歌詞は、流れのほとりに植えられた木が 季節になると豊かに実り 葉もしおれることのないように この人のおこないも実をむすぶ でした。(詩篇1:1-3)。

先日の朝、旭川で雷の鳴った日の朝、「強風で倒木と停電相次ぐ JRに影響 札幌で最大瞬間風速28.7メートル」という道内ニュースがあり、札幌の北1条通りで、倒れた街路樹を数人が動かして、道を開けている映像がありました。わたしはその通りには、風に弱い街路樹が植えられていたのだなと思いました。台風がたくさん来る沖縄などでは、きっと街路樹には風に強い木が使われているのだろうと思います。

 わたしは最近、聖ヨセフについて調べることが多くなり、聖ヨセフはしっかり根を張った丈夫な木に例えられるだろうなと考えていました。どれだけ丈夫かはどれだけ根を張っているかに関係していると思います。見えないところでしっかり根を張って地中の栄養を吸収することは、わたしたちキリスト信者にも求められることです。どんな花を咲かせるか、どんな実を結ぶかは、どれだけ根を深く張っているかと関係するでしょう。少々の風や乾燥にも根がしっかりしていれば耐えられます。わたしはヨセフ様は柳の木のようなお方だと思いました。柳は、桜のように、花が美しく華やかに咲く木ではありません。秋になって紅葉が綺麗になるわけではありません。柳は地味な木です。でも日本では昔から水辺の堤防の補強のために植えられた役に立つ木です。花はねこやなぎで寒い時期に咲き。祝日が3月にあるヨセフ様に似ています。地味だけどしっかり根を張って災害から私たちを守ってくれる木が柳です。典礼聖歌のマリア様のこころでは、マリア様は樫の木、山百合、森のウグイスなどと歌われますが、ヨセフ様は華やかさ美しさとは無縁で、いつも目立たないところ、縁の下の力持ち的存在です。教会にも社会にもヨセフ様のような、目立たないところでしっかり根を張っている人が必要です。

 

たくさん祈ってください。根は祈りによって育ちます。祈ることで本当に大切なことが何かがわかって来ます。浅い上部だけのスローガンに惑わされないでください。柳の木のように根をしっかり張って困難なこの時代を生きていきましょう。また聖ヨセフがわたしたちと教会を支えてくださるように祈りましょう。