若い時を思い出して

                                ドミニコ・バウア神父

                                                                                         

 3ヶ月ぐらい前に、学園の棚田さんから古い写真をいただきました。フランシスコ会のホームページから取り込んだ画像だそうです。私たちの時代は、幻灯とテープレコーダーでした。ずいぶん色々な事が変わるのですね。

その写真は、50年程前の古い札幌修道院の中で、少し緊張した31人の司祭とブラザーが写っています。写真の中で今残っているのは10人です。あとの人達は天国で私たちのために祈っていると思います。もうすぐ私も彼等の所に行きます。会うのが楽しみです。

 ドイツ人は、ローター神父さま、マンフレット神父さま、ヒラリオ神父さま、今ドイツのシスターの施設に入っているハインリッヒ神父さま、そして私です。あたりまえですが皆若かったです。

私が末広教会にいた頃、ウルバン神父さまは六条教会でした。

私たちは月曜日、仕事のない時に大雪山連峰や十勝岳連峰などに登りました。

ウルバン神父さまは、自分でサンドイッチを作り、私は冷凍庫に入っている餡餅を持って出かけます。昼頃になると餡餅は解けて食べごろでした。餅は疲れた身体に力となります。

 登山道に入ると、知らない人たちが挨拶を交わします。「こんにちは」とか「頑張って」とか街にはない雰囲気でした。それと信者さんには「どの季節の山が好きですか?」と聞かれます。私の答えは「どの季節も好きです。」でした。

今でも山の自然は私を癒してくれたと思っています。

春は雪が解けて土の強い匂いとか、乳香のような木の香りを吸っていると、冬の間に縮こまった身体がゴムのように伸びた気がします。

夏は太陽に照らされて登っていると突然風が吹いてきて丸ごと私を包んでくれます。秋は木の葉が黄、赤、オレンジと色づきます。木の名前はわかりませんが、ともかく美しい。自然を創造した神さまに感謝せずにいられません。

当然ですが、どんな芸術家も神さまの美的センスにはかなわないでしょうと私は信じています。

今の私は、山には登りませんが道端の小さな草や花を見ながら散歩しています。時々この小さな草や花は、主を賛美しながら私にも挨拶をしてくれているように感じます。

ウルバン神父さまとは、祈りについて、聖書やドイツから送ってきた神学などでも話し合いました。素晴しい時間でした。

今も私が思うのは、聖書の言葉で祈るのも素晴しいことと思いますが、自分の今を素直に見つめ詩編に出てくる祈りのように、神さまに話しかけた祈りも素晴らしいと思っています。

 

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